パレンケの宇宙飛行士像

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1952年、マヤのパレンケ遺跡でメキシコの考古学者ルイリエールによって大王パカルの石棺が発見された。その蓋には、人間が乗り物に乗り、手は操縦捍を握り、足はペダルのようなものに乗せているように見えるレリーフが刻まれていた。この人間の背後にはエンジンのようなものがあり、その後ろには4本の排気筒のようなものがあり、外に向かって炎が噴き出ている。これは、ロケットを操縦する宇宙飛行士を描いているのではないかとフォン・デニケンによって指摘されている。

当の石棺の中には翡翠のマスクをつけたバカル王とおぼしき遺体と、数々の副葬品が埋葬されていた。発見された遺体は、パレンケ王朝第11代目のパカル王だとされているが、パカル王は687年に80歳で逝去したとされており、遺体から推定された死亡時の年齢が40歳前後であることと矛盾しているといわれている。

また、埋葬されている人物について、石棺に碑銘には『ハラチ・ウィニク(真実の人)』としか記されておらず、パカル王の名はどこにも記されていなかった。

さらに、不思議だといわれるのは、王であったことを示す冠や装飾品が全く発見されなかったことだ。そこで、『ハラチ・ウィニク(真実の人)』という言葉から連想して、埋葬されていた人物は、実は考古学者のいうパカル王ではなく、彼らの王朝に深い関わりがあった“特別な人物”であった可能性があるといわれている。

余談になるが、この石棺にはいつ開かれるかという予言が刻まれており その日は石棺を発見した日であったという。 もしかしたら、古代のマヤの神官は未来を見る能力でもあったのか?と思ってしまう。不思議な石棺である。

【つづき】

実はこのパレンケ遺跡の石棺の絵は、本当は、縦にして見るのが正しい見方なのである。

背景に描かれているのが生命の樹と呼ばれていたトウモロコシの十字架で、その頂点(写真左)には、生の象徴であるマヤの聖なる鳥ケツァルがとまっている。十字架の根元の部分(写真右)では、死の象徴である大地の神が、中央で宙吊りになったパカル王を、口を開けて待ち構えているという『生と死を象徴的に描いた宗教画』が真相のようである。
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